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全国一の保有台数38台のうちの、数十台の山車が2日間練り歩く、高崎まつり。

ご訪問下さり、ありがとうございます。

2016年8月6日~7日に開催された第42回高崎まつりに4年ぶりに行ってきましたので、

過去の写真も含めて高崎まつり(高崎山車まつり)を順次ご紹介していきます。

高崎まつりと高崎山車まつりとは

祭の由来と高崎の歴史

このお祭りの由来ですが、高崎前橋経済新聞1007-08-02(http://takasaki.keizai.biz/column/1/)によると、

箕輪城主、井伊直政が勢力を伸ばし、「赤坂の庄」、「和田宿」を合わせて「高崎」と名付けた慶長3年(1598年)にさかのぼる。以降、明治維新までの150年間、高崎は繁栄を続けた

そうです。

そして、

高崎と名付けられてから119年後の享保2年(1717年)、旧高崎藩主大河内家を祀った頼政神社のまつり(祭典)が始まった。このまつりが高崎まつり、高崎山車まつりの起源と言われている。頼政神社の祭典には「山車」が使われた。

また、

頼政神社の祭典は、大河内家が東京に居を移す明治初期まで続いたが、その後衰退。この時点で24台の山車があったという記録が残っている。

頼政神社の祭典が衰退した後しばらくの間、大型の山車が作られたが、大通り(現在の田町通り)に路面電車(東武鉄道軌道線=1910~1953年)用の架線が張られたために引き回すことができなくなってしまった。そのためこれら大型の山車は、他所への売却されたという。再び山車(小型)が作られるようになったのは、明治末期から昭和初期にかけてで、製作年が特定できない1台と、平成元年に製作された1台を除く36台がこの間に製作されている。

こうした長い歴史を経た現在、高崎市には38台の山車がある。

らしいです。

このような歴史あるまつりで、ウィキペディア(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B4%8E%E3%81%BE%E3%81%A4%E3%82%8A)によると、

「群馬県最大規模の祭りで、来場者は公称約70万人。花火大会・山車などの催しがある。特に初日の夜に行われる花火大会は北関東では茨城県の土浦全国区花火競技大会に次ぐ規模で種類も豊富。花火の打ち上げ数は1万5000発。

1868年に道祖神祭りとなり、1955年、高崎奉納祭、1975年に「高崎ふるさとまつり」、そして1985年に「高崎祭り」となる。2000年に、高崎市政100周年を記念して祭りを4日間催した。伝統的に受け継がれてきた山車、御輿に加えて、1954年に全国煙火競技大会(現在の花火大会)を、1984年に「技能祭」などの他に、和太鼓、雷舞、創作だるまみこし、福引、高崎阿波踊り、ステージ演奏などの市民主体の催しが行われている。

とのことで、山車まつりや花火大会は、その目玉のようなものです。

初日の市内の山車練り歩き

今年は猛暑で先にこちらの撮影に行ってバテテしまい、夕方からの参戦で、

(高崎山車まつり)

(高崎山車まつり 第二十二番 石原町下四 小鍛冶 製作年不明:上記高崎前橋経済新聞サイトより:以下同様)

昼間最後の市内の練り歩きを

(祭囃子)

(祭囃子)

辛うじて撮影しただけでしたが、過去に何度か撮影していますので、おいおい追加更新します(^^;

ふれあい広場に集結

IMG_1536_高崎まつり_R

高崎市ふれあい広場に集結する直前の行進では、

IMG_1539_高崎まつり_R

日中の猛暑をものともせずに、涼しいお顔での行列に、感服しました!

(田町)

(田町)

山車では子供を中心に、

(石原町)

(石原町)

祭囃子が演奏されて、みんな楽しそうです(^^♪

山車集結式

式の前の団欒と浴衣姿の人達

第42回は市内38台中22台の山車が参加し、

IMG_1580_高崎まつり_R

この後行われる集結式の前の休憩時間に、

IMG_1583_高崎まつり_R

浴衣姿の人達がお祭り気分に浸ります。

IMG_1604_高崎まつり_R

浴衣姿も、祭ならではの光景ですよね!?

山車の人形をアップでご紹介

集結式が始まるまで、せっかくSIGMA 150-600mmを持っていたので、

(第十七番 和田町 菅公 大正11年)

(第十七番 和田町 菅公 大正11年)

特徴ある山車の人形をアップで撮影して見ました♬

(第十八番 楠公 南町 大正13年)

(第十八番 楠公 南町 大正13年)

夫々が手の込んだ山車なので、時々人がチェックしていましたが、

(第五版 大黒天 羅漢町 昭和21年)

(第五番 大黒天 羅漢町 昭和21年)

どれも迫力十分でした!

(第七番 鐘馗 旭町 昭和22年)

(第七番 鐘馗 旭町 昭和22年)

私は元々高崎出身じゃないので、

(第三番 新田義貞公 北通町 大正13年)

(第三番 新田義貞公 北通町 大正13年)

地名からどの辺りか、ピンときませんが、

(静の舞 九蔵町 昭和22年)

(静の舞 九蔵町 昭和22年)

これだけのものを保有しているのは、

(第二十番 彦狭島王 石原町下二 平成元年)

(第二十番 彦狭島王 石原町下二 平成元年)

流石商人の街という感じですね!

山車の競演

式典開始前の休憩時間には、

IMG_2511 (2)_R

(旭町)

それぞれの山車が、楽しそうに

(田町)

(田町)

思い思いの囃子を演奏し、

IMG_2559 (2)_R

1年間の練習の成果を披露します!

(中石原町)

(中石原町)

不愛想な年配者も見受けられますが、

(新田町)

(新田町)

肩車のお子さんと遊んだり、めっちゃ楽しめる祭りです♪

山車集結式に参列 with 華の親善使節

今年は初めて、山車集結式に参加したので、

IMG_1620_R

開始前から一部始終を撮影しました(^^♪

何時始まるのか、のんびり眺めていると

(華の親善使節)

(華の親善使節)

華の親善使節のお二人が並んで説明を受けていましたが、

(高崎 華の親善使節)

(高崎 華の親善使節)

集結式の最中は、左右に分かれて、

(高崎 華の親善使節)

(高崎 華の親善使節)

ご紹介されていましたが、お名前はちょっと覚えられませんでした(^^;

このあと、実は初めてお目にかかった

(高崎市長)

(高崎市長)

高崎市長などの来賓のご挨拶の後、

(実行委員長)

(実行委員長)

高崎山車まつり実行委員長の音頭で、乾杯がありました♬

(私は自転車で行ったので、ノンアルコールしか飲んでいません(^^;)

街中へ再出発

式典が終わると、再び

(中石原町)

(中石原町)

山車が街に繰り出します!

(中石原町)

(中石原町)

囃子の演奏は続きます!

先ほど見かけた、涼しげなお顔の方も、

IMG_1647 (2)_R

再び幟を持って、

IMG_1644 (2)_R

街中に出発です!

 

写真がまだ未整理なので、まだまだ続きます(^^;

後日をお楽しみに!

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鉄道スナップカメラマン りーさん(佐藤 理)

鉄道スナップカメラマン りーさん(佐藤 理)

鉄道沿線で育ったせいか鉄道が大好きで、20代は線路の保線機械の仕事をして、鹿児島に2年半住んでいました。今も片道2時間以上の超遠距離通勤を楽しんで、毎日鉄分補給しています。学生時代から人物も取り始め、人間味のあるスナップを撮り続けています。

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